プロが語る、上手いミュージシャンと下手なミュージシャンの違いとは

これ、ほんとミュージシャンなら誰しもが常に考えることだと思います。

もちろん、一つの正解など無い”永遠の問い”ってやつですが、
最近この話題を業界の方と話す機会があったので少しメモとして記します。

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そもそもミュージシャンにとって”上手い”とは

まず、こういう話題になるとそもそも”上手い”の定義が非常に難しいですよね。

楽器や歌の技術、作曲能力、音感に優れていてすぐに人のフレーズに反応できる、などなど。
こういった、「上手さ」の重点をどこに置いているかが人によって違うので、
この手の話題って余計に”永遠の問い”になりやすい。

なので、”上手い”というかニュアンスとしては”良い”ミュージシャンとは何なのかという話かもしれません。はい、さらに漠然としましたけど進めます。

上手いミュージシャンとは

結論から言います。

それは、耳が良いミュージシャン、を指すのではないか、とのこと。
これは音感の話なんかではありません。

最近お話した音楽プロデューサーの方によると、
例えば20年近く様々なミュージシャンを見たり指導してきて、
かねてからずっと疑問に思うことがあったといいます。

それは、「これ聴いた方がいいよ」とか「この練習した方がいいよ」などのアドバイス等を投げかけた際に、不思議なくらい実践しない人がいるということ。
しかも、一度や二度伝えただけでなく、例え何年言い続けても結局やらないので、
弱点が克服されず成長がほとんど感じられないという。

そして、なぜやらないのか、ということを考えた際に、
意外や意外、「やる気が無い」とか「音楽がそこまで好きではない」という単純な理由では無いという。

むしろ非常に情熱をもって音楽に取り組んでいる人の中にもそういったケースは多いとのことで、まさにその答えが、「良い耳を持っていないから」ということに気づいたそうです。

つまり、上手い人は、その音楽のどこがどうカッコいいのか、この楽器のどういう部分が美味しいポイントなのか、ということを理解する力、感じ取れる嗅覚のようなものが鋭いのです。

演奏する際も、ポイントを理解できるから、当然一番美味しい形で音楽を提供することができる。
もちろん、楽器のスキル自体が未熟な故に、アウトプットとして適切に提供できるかは別問題ですが、サウンドイメージというか目指すゴールは掴んでいるのであとは練習さえすればスキルの部分は届くわけです。

しかし、そういうポイント自体が聞こえていない人は、当然その音楽の良い部分だったり、自分の楽器の美味しい部分が分からない(もしくは分かったつもり)ので、自分の出している音の善し悪しがそもそも判断できないわけです。
それこそいくら練習したところで、判断ができないから成長が著しく遅いし、いつもどこか同じようなプレイ、作曲に終始してしまう。

話を戻すと、先ほどのプロデューサーの方が「これ君にとって良い参考音源だからコピーしてみな」といくら言って渡しても、当の本人からすればそれを聴いてもさっぱり良い部分が分からない。
もっと分かりやすく言えば、かっこいいと思えないから当然コピーも気が進まないし、仮に頑張って一通りコピーしても「結局だからなに?」となってしまい、実にならないということです。
結果、本人的には真剣に音楽に取り組んでいても、いつまで経って根本的な部分が何も変わらない。。

ちなみに、「いやいや、ある人にとってはかっこよくても別の人にとってはそうでない、なんてことはよくあるし普通でしょ!」という方もいるかと思います。
それは正しいし、私も全く同感です。だからこその音楽、芸術だと。
これに似たような出来事で、こういうのもよくありません?
“名盤”と言われているものを聴いても全く良さが分からない。っていう。
これ私なんかは未だよくあります。

でも、例え自分のスタイルでなかったり、かっこいいとは思えなくても、
「なぜこれを他の人はかっこいいと感じるのだろう」
「一体、どの辺りが具体的に凄いポイントなのだろう」
と一歩先の視点で音楽を客観的に捉える力、言い換えればリスナー視点、プロデューサー視点といったところでしょうか。

こういった視点で音楽を捉えられるかどうかは、「上手いミュージシャン」になれるかどうかにめちゃくちゃ関係すると思います。

だってそうでしょう。
この音、このプレイをどうよりよくかっこ良く聴かせるか、が腕の見せ場であり、
その選択は「自分はこういうフレーズで弾くのが好きだけど、でもこれはあえてこっちの路線で行く方が聴いている人たちを裏切れてかっこいいな」とか、
セッションなんかでも「ここの小節部分でフィルインを弾きたいけど、自分が弾くよりドラマーのフィルを優先した方が曲としては締まるし任せよう」なんていう判断になるわけです。

いわば、こうした音楽全体を聴ける人だったり、楽曲のポイント、美味しい部分を感じ取れる人こそ、「上手いミュージシャン」への必須条件なのでしょう。

楽器は上手い、けれども全然かっこよくない!?

音楽やっていると必ずこういう人に出会いませんか?

確かに楽器の腕は上手い。指もよく動くし、音もきれいだと。

でも・・・なんでだろう。。。ぜんっっっぜんかっこよくない。。。

いや、割と多いですよね。
まあ楽器すら上手く扱えない奴が何を偉そうに、と言われればそれまでなんですけど、
しかしまあなんだかなーーーーっていう方がセッションなどでもよく目にします。
これもまさに今回の話に関連する話なのかなと思います。

仮にそういう方に、あるフレーズをコピーしてもらったとします。
もちろんすんなり弾けているわけです譜面上は。

でも、例えばタテにきちっとしたリズムで綺麗な音で弾いても全然本物が出すかっこよさとは程遠いフレーズになってしまっていて、「いや、そうじゃなくて、もっと汚い音でよくて、ここはスライド気味に荒く弾くからこのかっこよさがでるんじゃないの?」とか言いたくなるわけです。でも彼には恐らく意味が通じないでしょう。

なぜなら、本当の意味では全く聴けていないしコピーできていないから。
むしろ譜面上の音使いなんかより、こういう細かい部分に肝心な部分が全て詰まっているようなケースってとても多いですよね。

このミュージシャンが弾くとこんなにかっこいいのに、なぜ自分がコピーすると同じフレーズなのに全然かっこよくないのか、っていう誰しもが経験するアレですね。

耳を鍛える方法はあるのか

冒頭のプロデューサーの方によれば、やはりこればっかりは様々音楽を聴く以外に他はない、と。

特に慣れるまでは、自分のスタイル以外のものこそどんどん積極的に聴いて、できればただ聴くだけでなく「この音楽のポイントは?」といった視点をもって聴く事。
さらに余裕がある人はぜひそのポイントだけでもコピーしてみること、
つまり王道以外に道は無し。。。

「俺はロックを極めるから他の音楽なんて聴かねえ!」という熱い情熱は素晴らしいですが、音楽をジャンルで分けるのはいつだって人間側の都合ですので、本来はジャンルなんて便利な道具程度のモノであって、全てに通ずる要素というものがどんな音楽にもあると思います。

一つの音楽を極める、自分の音楽スタイルを作る、だからこそ様々なものを聴いて、そこにある要素を一つ一つ自分の中に吸収していくしかないのでしょう。

さて、私も練習しますか。。

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